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    結婚してもう三四年になるが、いまだに出たり入つたりを繰り返している茂子は、練吉にとつては三度目の妻だつた。最初のは男の子を一人のこして去つた。二度目は半年もたゝないうちに大石の方から帰した。今度の茂子の場合だつて、当人も居辛からうが、大石の側でも面白くはない、どうでもいゝと云つた調子であつた。そして、ふしぎなことにはかういふ態度は大石の正文老夫婦から出ているので、練吉の方は吾不関焉われくわんせずえんといつた風があることだつた。

    「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」

    「たゞし、預かるだけだよ。この分が残つている間はいくら後から来ても貰はんよ。いゝかね」

    手前の方では音もなく縞をつくつて速く流れている河は、ずつと先の方で細い、ちらちらした、絶え間なく動く縮緬皺ちりめんじわとなつて見え、そこに素晴しい高さの岩がによつきりと宛あたかも河を受とめた工合に立つていた。その蔭にあたる河縁かはぶちには急ごしらへのバラック建が点々としていた。それは工夫小屋だつた。鉄道工事がつい二三ヶ月前からはじまつたのである。

    右手の台所の方ではしきりと物音がしていた。道平より先に朝早くから手つだひに来ている房一の義母と、まだ結婚して間もない盛子とが土間を掃いたり戸棚を拭いたりしているのだつた。

    庄谷は自分よりは高い相手から見下されるのを避けるやうに少し遠のくと、房一の改まつた服装を胸から下にかけてぢろぢろと見た。

    そして、こんなにはつきりした明るさの中で、もう十分に伸びつくした草地だの山地の樹木は、やたらにもくもくし、ぢつと息をつめているやうであつた。それは全体に黒つぽい様子をしていた。そのいくらか濁つた、一杯に成長し切つたことを示す黒味の中には、何かしらすぐ傍までやつて来ている九月の爽やかさを感じさせるものがあつた。

    「え、何です、前期と後期とをつゞけさまにうかりましたつて。――ふうん、それやえらいもんですな。なかなか、あの検定試験といふやつは、医学校なんかの年限さへ来ればずるずるに医者になつてしまふのとはちがつて、相当な目に合はされますからな」

    「さうか。うちの方では山車だしを引いて出るさうだ。それから、みんな紋付に羽織袴といふことだの」

    その二人の働いている所にはまだ形こそはつきりとはしていないが、内部ではもうこゝだけに見られる家庭生活の気分といふものが生れて居て、その特殊な雰囲気がひつきりなしに流れて、徐々にこの空洞のやうな乾いた家の中にその匂ひを浸みこませて行くやうに感じられた。

    「途中から帰つて来たんだよ」

    「消防演習だ?ふむ、よからう。そんなら訊くが、かうしてみんな集つて騒いでいるのは何のためだか知つてるか」

    「あの訴訟はどうなつたのかね」

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